【江戸前を知る】(4)浅草海苔は浅草で採れた海苔!?

浅草海苔も実は江戸前のひとつ。もともと浅草海苔(アサクサノリ)という海苔の品種は、浅草で採れ、加工されたことがその名の由来。この浅草海苔は今では絶滅危惧品種ですが、同様に江戸前という言葉も絶滅危惧の言葉に・・・。

実はアサクサノリというのは海苔の品種名でもある!

縄文の昔から海苔は食されていた!

東京湾やそこに流れ込む河川で採れる海苔を食用にすることは、縄文時代前期から始まっていたと推測されています。
東京湾周辺にある縄文時代や弥生時代の貝塚から、多数のアサリ、ハマグリ、カキの貝殻が出土していることから、当然、今と同様に海苔(アサクサノリ、アオノリ)も食用にしていただろうというわけです。

浅草海苔と書くとブランド名のようですが、実はアサクサノリというのは海苔(アマノリ類)の品種のひとつ(学名: Neopyropia tenera)。
実は養殖が始まった後に、海苔の種類の分類で、浅草で採れ、あるいは加工される海苔ということでアサクサノリという名が付けられたのです。

その浅草海苔、名前が生まれたのは、徳川家康が関東に入封して江戸城を築き、幕府を江戸に開いた江戸時代初期の慶長年間(1596年〜1614年)のこと。

当初は大川(現・隅田川)で産し、浅草で加工する海苔を浅草海苔と呼んでいましたが、生産量が限られるため、江戸の発展とともに品川沖でも採取が始まり、品川海苔の名で流通するように。
同様に、葛西沖でも海苔の採取が行なわれて、葛西海苔も世に出たのです。

東海道の旧品川宿、大森界隈を歩くと、「ヤマキいとう」(旧東海道沿い、立会川駅前)、「品川屋海苔店」(旧東海道沿い、北品川商店街)など老舗海苔メーカーや、「大森 海苔のふるさと館」など、海苔に関係する製造所、販売所、ミュージアムを目にします。
これは江戸の海苔生産を品川沖が支えたという証です。

品川沖で生産された「浅草海苔」

全国の海苔業者は、品川には足を向けて寝られないはずです。
なぜなら、江戸時代、品川の漁業者が海苔養殖の方法を生み出し各地に普及したからです。

品川の海に初めて海苔養殖用の「ソダヒビ」が立てられたのは、享保2年(1718年)のこと。
幕府はそれを奨励し、品川の海苔養殖は発展していきます。

この海苔が現在のように四角い板海苔となるのは、安永年間(1772年~1780年)のこと。
当時、浅草では江戸の紙不足による再生紙の生産が盛んでしたが、その紙漉きの技術を海苔づくりに応用して生まれたのが、現在ポピュラーな板海苔です。
同じ頃、尾州・知多半田(現・愛知県半田市)で誕生した安価な酒粕酢が江戸に運ばれ、江戸前の寿司が人気となっていましたが、板海苔を使っての「海苔巻き」は、屋台寿司などでも人気を博していったのです。

つまり、江戸時代の「浅草海苔」は品川沖での養殖が大部分だったというわけで、海苔に関してはこの品川沖が文字通りの江戸前です。

さらに、品川海苔、葛西海苔では売れ行きが悪いということで、品川沖で採れた海苔も、浅草で板海苔に加工することで浅草海苔に変身(江戸時代後期には品川や大森で海苔製造が行なわれるようになり、浅草での製造は廃止に)。
日本中の海苔が浅草海苔と名乗るようになったので、当然、品種もアサクサノリということに。

そんな浅草海苔ですが、高度成長の始まる昭和30年、品川沖では9500万枚の浅草海苔を生産していましたが、大東京港、そして東京国際空港(羽田空港)などの建設による埋め立てで、昭和37年に品川沖などにおける漁業権が放棄され、幕を閉じています。

現在、東京湾で海苔が生産されるのは富津沖などごく一部。
大阪万博が開催された昭和45年頃からは海苔の養殖にアサクサノリが使われなくなり、東京湾内のアサクサノリの個体も大幅に減少。
今ではアサクサノリは絶滅危惧I類に指定され、江戸前の浅草海苔の終焉と同様に、アサクサノリという品種事態にも危機が及んでいるのです。

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