八王子城・本丸

八王子城・本丸

東京都八王子市、標高446mの深沢山(城山)山頂部に本丸があるのが、日本100名城にも選定される山城、八王子城。戦国時代に北条氏照(ほうじょううじてる)が、甲州への往還沿い、甲斐の武田を睨む地に築いた小田原城の支城ですが、その本丸は「要害地区」と呼ばれる山頂部に位置する典型的な山城です。

日本百名城・八王子城の本丸は、深沢山の山頂に!

八王子城・本丸

北条氏照は城の完成を待たずに天正12年(1584年)〜天正15年(1587年)の間に滝山城から居城を八王子城に移し、さらに守りを固めるべく壮大な城郭へと工事を進めます。
その完成を待たずに、豊臣秀吉の小田原攻めが始まったため、城主・北条氏照はおもな重臣、将兵とともに小田原城に移り、籠城戦に備えます。

そのさなか、天正18年6月23日(1590年7月24日)、八王子城は上杉景勝・前田利家・真田昌幸らの精鋭1万5千人に攻められて落城しています。

現在、城跡は城下町にあたる「根小屋地区」、城主・北条氏照の居館のあった「御主殿跡」(御主殿曲輪)などの「居館地区」、戦闘時に要塞となる「要害地区」に大別できますが、城主は通常は御主殿に暮らし、戦闘状態に入れば、要害地区である山上で防戦するということを想定していました。
要害地区は深沢山(城山)の地形を巧みに利用して作られ、山頂に本丸、周囲に敵の侵入や攻撃を防ぐために「曲輪」と呼ばれる平場(松木曲輪、小宮曲輪、中の曲輪)を配し、さらに山麓に金子家重(金子三郎右衛門家重)が守備した金子曲輪(注/金子曲輪は江戸時代初期の『慶安の古図』には描かれておらず、詳細はわかっていません)、近藤曲輪、山下曲輪、西の尾根上に詰城(つめのしろ)を置いています。

豊臣秀吉軍は、近藤曲輪、山下曲輪、そして御主殿曲輪を夜明け前に攻略し、金子曲輪を落とし、山上へと攻め上ります。
山上の小宮曲輪には狩野一庵(かのういちあん)、中の曲輪には中山家範(なかやまいえのり)、本丸は横地監物(よこちけんもつ=横地吉信)と大石照基(おおいしてるもと)が守り、必死な抵抗を行なったため、豊臣方・前田利家軍にも大きな被害が生まれています。
上杉景勝軍が狩野一庵が守る小宮曲輪を攻略し、それを契機に、次々に攻略され、ついに本丸に陣取った横地監物(八王子城代として本丸を守備)は檜原城(ひのはらじょう/現・檜原村にあった北条氏の支城)を目指して逃走し、自刃したと伝えられています。

このとき、北条氏照の正室・比左を含め、北条方では女子供も含めて1000人以上が殺害、あるいは自刃し、御主殿曲輪横の御主殿の滝、そして城山川は赤く染まったと言い伝えられています。

その後、八王子城は徳川家康の関東入封まで、上杉景勝の家臣・須田満統が八王子城代を務めていますが、家康の関東入りで廃城に。
その後、天領となり、祟(たたり)を恐れたためか禁足地となって幕末を迎えたため、山城の雰囲気、そして自然が残されています。
山頂の八王子神社は、八王子城時代には八王子権現として城の守護神だった社です。

山麓の駐車場から金子曲輪は10分ほど、山頂の本丸まで、さらに徒歩30分ほど必要です。
江戸時代の初期の慶安元年(1648年)に描かれた『慶安の古図』には11間×7間の広さがあったと記載されているので、現在の本丸部分とほぼ同じ大きさです。
中世の山城なので、天守的な近世的建造物は建っていませんでした(天守が建つ広さもありません)。
「八王子城本丸阯」の石碑は、昭和32年の建立です。

日本初の天守といわれる天下人・織田信長の築いた安土城・天守の完成は、天正7年(1579年)。
実戦を想定した山城、八王子城の築城開始は元亀2年(1571年)頃で、大型石を積み上げていく石垣、堀切、土塁、空堀などで構成される中世的な山城だったのです(八王子城の中で最大の建築物は、御主殿曲輪の御主殿と会所でした)。

八王子城・本丸
名称 八王子城・本丸/はちおうじじょう・ほんまる
所在地 東京都八王子市元八王子町3-2735
関連HP 八王子市公式ホームページ
電車・バスで JR高尾駅から西東京バスで、霊園前・八王子城跡入口下車、徒歩15分(土・日曜、祝日のみ、八王子城跡行が運行)
ドライブで 圏央道八王子西ICから約4km
駐車場 八王子城駐車場(50台/無料)
問い合わせ 八王子市文化財課 TEL:042-620-7265
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
八王子城・御主殿曲輪

八王子城・御主殿曲輪

東京都八王子市にある中世の山城で、「日本100名城」にも選定されるのが八王子城。小田原城の支城として北条氏照(ほうじょううじてる)が築いた城で、山麓の城山川沿いに居館のある御主殿曲輪(こしゅでんくるわ)を配し、山頂部に本丸を築いています。八

御主殿の滝

御主殿の滝

東京都八王子市、八王子城跡・御主殿地区を流れる城山川に懸かる滝が、御主殿の滝(ごしゅでんのたき)。中世の山城、八王子城山ですが、南麓に広がる最大の曲輪(くるわ)が御主殿曲輪。城主・北条氏照の主殿(居館)があったことが名の由来で、隣接する城山

八王子城

北条氏の本城である小田原城の支城として標高446mの深沢山(城山)に築城された中世の山城。高尾山とは中央本線・中央自動車道が通る谷を隔てて北側の山上に位置する城です。916(延喜16)年、山の頂に八王子権現が祀られたのが八王子という名の由来

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