増上寺・大梵鐘

増上寺・大梵鐘

東京都港区芝公園4丁目、増上寺の国の重要文化財・三解脱門(さんげだつもん)をくぐった右手、鐘楼堂に下がるのが大梵鐘。寛永寺、浅草寺の鐘とともに江戸三名鐘(諸説あります)に数えられる鐘で、総高330cm、口径176.6cm、重さ15tは東日本最大。延宝元年(1673年)の鋳造です。

東日本最大の大鐘は、江戸三名鐘のひとつ

増上寺・大梵鐘

4代将軍・徳川家綱(とくがわいえつな)の命で、神田鍋町の鋳物師(いもじ)・椎名吉寛(しいなよしひろ)が品川御殿山(現・品川区北品川3丁目)で制作したもの。
大奥の簪(かんざし)などを含め、多くの寄附を集めて鋳造したと伝えられています。

江戸で鋳造されたものとしては現存最古で、7回の鋳造を経てようやく完成したという大鐘です。
「音も大きく、ドーン、ドーンと響く」(増上寺)とのこと。

江戸時代の川柳に「今鳴るは 芝か上野か 浅草か」、「江戸七分 ほどは聞こえる 芝の鐘」というのがあるといわれていますが、芝・増上寺、上野・寛永寺、浅草・浅草寺で、これが「江戸三名鐘」といわれるゆえん。
「西国の果てまで響く芝の鐘」という川柳もあり、これは芝・赤羽根橋の久留米藩上屋敷(屋敷内に水天宮)、三田の薩摩藩上屋敷(篤姫も2年ほど過ごしました)など西国大名の屋敷があることにかけたもの。

『江戸名所図会』に、「その声洪大にして、遠く百里に聞ゆ。一撞の間の響尤も長くして、行人一里を歴(ふ)るとて、諺に一里鐘と称す。風に従ひて、当国熊谷の辺に聞ゆる事あり。かしこは江戸より十六里を隔つ。又安房・上総へも聞ゆるといへり。」と記されています。
熊谷(埼玉県熊谷市)、安房(あわ=南房総)まで聞こえたというのは誇張でしょうが、木更津までは届いたといわれています。

江戸時代、朝と夕べ、二回撞くその鐘の音は、江戸の町に時を告げるだけではなく、人を惑わす百八の煩悩を浄化する効果もあったのです。

4代将軍・徳川家綱(厳有院)の一周忌にあたる、延宝9年(1681年)に上野・寛永寺の厳有院殿廟前の鐘楼に奉献された梵鐘も椎名吉寛の制作。
明治維新後、寛永寺根本中堂の鐘として、現根本中堂前の鐘楼に架けられ、除夜の鐘や重要な法事の際に鳴らされています。

増上寺・大梵鐘
名称 増上寺・大梵鐘/ぞうじょうじ・だいぼんしょう
所在地 東京都港区芝公園4-7-35
関連HP 増上寺公式ホームページ
電車・バスで 都営地下鉄三田線御成門駅から徒歩3分
ドライブで 首都高速芝公園ランプから約500m
駐車場 10台/無料、または、東京タワーパーキングセンター・地下(200台/有料)など周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 増上寺 TEL:03-3432-1431
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

増上寺

徳川将軍家の菩提寺として有名。寺としての歴史は古く、その創建は1393(明徳4)年まで遡ります。徳川家康の菩提寺として芝に移されてからは、東国随一の浄土宗寺院として繁栄を続けてきましたた。東京大空襲の戦火でほとんどの建物を焼失してしまいまし

増上寺・大梵鐘

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