旧近衛師団司令部庁舎(重要文化財/北の丸公園)

旧近衛師団司令部庁舎(重要文化財/北の丸公園)

東京都千代田区、北の丸公園の一画に建つレンガ造りの洋館が、旧近衛師団司令部庁舎(きゅうこのえしだんしれいぶちょうしゃ)。明治43年、天皇と宮城(皇居)を警護する最精鋭の師団、近衛師団の司令部として建てられたもので、2階建て、赤レンガ造りの庁舎は国の重要文化財に指定。

北の丸に配置された近衛師団の司令部

旧近衛師団司令部庁舎(重要文化財/北の丸公園)

正面中央の玄関部分には八角形の塔屋がのせられた洋館。
設計は陸軍技師・田村鎮(たむらやすし)と推測されています。
明治時代のレンガ造りの建物は、丸の内などに多数ありましたが、関東大震災や戦災で焼失し、現存するものは数少なく貴重(東京駅丸の内駅舎、法務省旧本館など限られています)。

近衛師団は、戦後は皇宮警察にその役割を引き継ぎ、この庁舎も皇宮警察の職員宿舎として利用されていましたが、昭和38年から空き庁舎となったため、昭和41年に取壊しが閣議決定されていますが、「明治洋風レンガ建築の一典型で貴重」という建築家・谷口吉郎(たにぐちよしろう=馬籠・藤村記念堂、小諸・藤村記念館、千鳥ヶ淵戦没者墓苑、東宮御所などを設計)らの保存運動が実って、昭和47年に国の重要文化財に。

昭和52年に「東京国立近代美術館工芸館」として使用されるようになりましたが、令和2年に石川県金沢市に移転オープンしたため、それ以降は柵の外から外観のみ見学可能になっています。

ちなみに、江戸城・北の丸(現・北の丸公園)には、日本陸軍最初の歩兵連隊で、西南戦争にも従軍した近衛歩兵第1連隊、近衛歩兵第2連隊が配置されていました(北の丸公園には遺構はありませんが、近衛歩兵第一聯隊の碑が立っています)。

旧近衛師団司令部庁舎(重要文化財/北の丸公園)
名称 旧近衛師団司令部庁舎(重要文化財/北の丸公園)/きゅうこのえしだんしれいぶちょうしゃ(じゅうようぶんかざい/きたのまるこうえん)
所在地 東京都千代田区北の丸公園1
関連HP 千代田区観光協会公式ホームページ
電車・バスで 東京メトロ竹橋駅から徒歩3分
駐車場 北の丸公園第1駐車場(145台/有料)、第2駐車場(107台/有料)、第3駐車場・武道館前(260台/有料)
問い合わせ 北の丸公園管理事務所 TEL:03-3211-7878
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。

江戸城 田安門(重要文化財/北の丸公園)

北の丸公園の日本武道館への入口に位置する門。太田道灌(おおたどうかん)築城時代の江戸城では、この場所が田安口(飯田口)で、上州(現・群馬県)・北関東方面への街道の玄関口となっていました。江戸時代初期、江戸城の総構が完成した時代の門が奇跡的に

江戸城 清水門(重要文化財/北の丸公園)

江戸城北の丸(現・北の丸公園)の東門。高麗門と渡櫓門からなる門は、江戸時代のものが現存し、国の重要文化財に(文化庁の管理)。清水門という名の由来は、家康入府で江戸城が築城される以前、中世には清水寺が建っていたとか、清水が湧き出す土地だからと

法務省赤れんが棟(法務省旧本館)

法務省赤れんが棟(法務省旧本館)

東京都千代田区霞が関1丁目、東京の中心、国会議事堂と日比谷公園の間に建つ赤レンガ造りの建物が、法務省赤れんが棟(法務省旧本館)。明治政府が招聘したドイツ人建築家、ヘルマン・エンデとヴィルヘルム・ベックマンが基本設計をし、明治28年に完成した

北の丸公園

北の丸公園

東京都千代田区にある環境省の管理する国民公園が、北の丸公園。昭和44年に公園として開放された皇居の北側部分。園内には東京オリンピックの際、柔道場として建設された日本武道館など、多くの文化施設が点在。田安門、清水門は、江戸城の遺構で、国の重要

旧近衛師団司令部庁舎(重要文化財/北の丸公園)

関連記事

よく読まれている記事