立川基地引込線跡(中神引込線跡)

立川基地引込線跡(中神引込線跡)

東京都昭島市、国営昭和記念公園の西、南北に通る富士見通りの一本西をやはり南北に通る道が、立川基地引込線跡(中神引込線跡)。立川飛行場に隣接する陸軍航空工廠(戦後は米軍立川基地)引込線の廃線跡で、青梅線・中神駅から立川基地まで敷設されていた貨物専用の線路跡を道路に転用したもの。

中神駅と米軍立川基地を結んだ線路の跡が公道に

昭和15年4月1日、飛行機製造の名古屋陸軍造兵廠熱田兵器製造所、発動機製造の千種兵器製造所(ちくさへいきせいぞうしょ/ともに名古屋市)の設備を、東京府北多摩郡昭和村(現・昭島市)に移し、陸軍航空工廠(りくぐんこうくうこうしょう)が発足。

戦時中の昭和18年、青梅電気鉄道(現・JR青梅線/昭和19年に国有化)・中神駅(明治41年開業)から引込線を敷設しました。
空襲が激化した昭和19年秋には、施設の疎開も行なわれましたが、軍需産業が集中する立川一帯には昭和20年2月16日以降、立川空襲の標的となり、多くの市民が犠牲となっています。

戦後は立川飛行場とともに進駐軍(アメリカ軍)に接収され、引込線もアメリカ軍専用線(1.9km)として使われ、航空燃料や重油などが運ばれています。
昭和52年11月30日、立川飛行場全面返還と同時に返還され、その一部が国営昭和記念公園や国際法務総合センターに転用されています。

引込線の廃線跡は、中神引込線通りとして道路に転用。
道路脇にレールの一部と転轍機が保存されているほか、むさしの公園にレールなどが復元されています。

立川基地引込線跡(中神引込線跡)
名称 立川基地引込線跡(中神引込線跡)/たちかわきちひきこみせんあと(なかがみみきこみせんあと)
所在地 東京都昭島市中神町
電車・バスで JR中神駅から徒歩すぐ
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
立川基地引込線跡(中神引込線跡)

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