寛永寺・清水観音堂 月の松

寛永寺・清水観音堂 月の松

寛永8年(1631年)、東叡山寛永寺を開山した天海大僧正が京の清水寺に倣って建立した清水観音堂。元禄7年(1694年)に現在地に移されていますが、「清水の舞台」の前に配されているのいるのが、歌川広重も浮世絵に描いた月の松。琵琶湖に見立てた不忍池を眼下にする風流な景観になっています。

江戸時代の江戸名所を今に伝える景観

寛永寺・清水観音堂 月の松

月の松は、円を描いた不思議な松。
天海大僧正は、不忍池を琵琶湖に見立て、そこに浮かぶ島を琵琶湖の竹生島から弁才天を勧請して、不忍池辯天堂を建立していますが、月の松の円の中にその不忍池辯天堂が収まるような仕掛けなのです。

根本中堂の建設により、清水観音堂が不忍池畔に移設されたのは、天海大僧正没後の元禄7年(1694年)のこと。
ですから天海大僧正はこの奇観を知る由もありません。

月の松は、明治初期の台風により被害を受けて永らく失われていましたが、平成24年に復元。
往時の松は、江戸時代の植木職人の技術を凝らして作り上げたと推測されていますが、新たに復元された月の松も、現代の造園技術を駆使して造形されたもの。

寛永寺・清水観音堂 月の松

浮世絵に描かれた 清水観音堂 月の松

寛永寺・清水観音堂 月の松
『名所江戸百景 上野清水堂不忍ノ池』/歌川広重

江戸時代に江戸一番の桜の名所として知られた上野・寛永寺。
歌川広重が最晩年に手がけた一大連作『名所江戸百景』の「上野清水堂不忍ノ池」そして「上野山内月のまつ」の2枚に描かれています。

寛永寺・清水観音堂 月の松
『名所江戸百景 上野山内月のまつ』/歌川広重
寛永寺・清水観音堂 月の松
名称 寛永寺・清水観音堂 月の松/かんえいじ・きよみずかんのんどう つきのまつ
所在地 東京都台東区上野公園1-29
関連HP 清水観音堂公式ホームページ
電車・バスで JR・京成・東京メトロ上野駅から徒歩3〜10分
問い合わせ 寛永寺・清水観音堂 TEL:03-3821-4749
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
寛永寺・清水観音堂

寛永寺・清水観音堂

徳川3代(家康・秀忠・家光)に仕えた天海大僧正は、2代将軍・徳川秀忠から上野の山を寺地として与えられると寛永2年(1625年)、寛永寺を創建。寛永8年(1631年)に五重塔とともに創建されたのが清水観音堂で、京の清水寺を思わせるような懸造(

東叡山輪王寺(両大師)

東叡山輪王寺(両大師)

東京都台東区上野公園、上野恩賜公園の東京国立博物館東側に建つのが東叡山輪王寺(寛永寺開山堂)。輪王寺はもと寛永寺の伽藍の一部で、開山堂または慈眼堂と称されていたもので、天海大僧正(慈眼大師)と良源(慈恵大師、元三大師)を祀ることから両大師と

寛永寺・清水観音堂 月の松

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