ヨドバシカメラのテーマ曲にも登場の山手線。ヨドバシカメラは「やまのてせん」と歌っていますが、往年のヒット曲、昭和41年発売の『あの娘たずねて』で佐々木新一が「ぐるり廻るは山手線」と歌った際にはハッキリと「やまてせん」となっています。さてさてどちらが正しいのでしょう。
戦後しばらくは「やまてせん」と呼ばれていた

『あの娘たずねて』の歌詞は、デビュー前の佐々木新一が、歌のレッスンへ向かう際に乗車した山手線でエクボが可愛い女学生に出会いますが、彼女のことを忘れられず、街を歩くと彼女と再会できないかとふと思ってしまうというエピソードを元に、作詞家・永井ひろしが書き上げたもの。
佐々木新一は、布施明(ふせあきら)と同じ昭和40年にデビューしたキングレコードのホープで、「第二の三橋美智也」として注目、この『あの娘たずねて』は、デビュー曲『若さの世界』に続く2曲目で、大ヒット、ミリオンセラーとなっています。
この『あの娘たずねて』が誕生した昭和41年には「やまてせん」といわれていたことがわかります。
片やヨドバシカメラは昭和49年、淀橋写真商会からヨドバシカメラに社名を変更、昭和50年、「新宿西口駅の前」に新宿西口本店を構えていますが、その際に、創業者・藤沢昭和自らの作詞で、テレビCM曲を作っています。
さてさて、「やまのてせん」なのか「やまてせん」が正しいのかですが、東京の山の手と下町に分けた際の山の手を走る路線として誕生。
現在も正式な路線としての山手線は品川駅〜田端駅間のみ、東京駅〜品川駅は東海道本線、東京駅〜田端駅は東北本線。
つまりは東京の山の手を起伏を克服して走る路線が山手線というわけです。
それが証拠に、開業時の申請書には「山ノ手線」とあり、実施には「山手線」となっていますが、「やまのてせん」と発音していました。
これが変化したのは敗戦で。
東京に進駐した連合国軍最高司令官総司令部 (GHQ)は、鉄道施設や道路標識などに、進駐軍がわかりやすいように英語表記をつけるように求めますが、山手線に対して「YAMATE=Loop=Line」としたことで、「やまてせん」へと変化します。
なぜ、こうなってしまったかといえば、国鉄内部でも「やまてせん」と通称されていたから。
戦後の劣悪な混雑時代(新宿駅などでドアで乗り切れない人を押入れる係「押し屋」がいた時代)、痴漢が多かったことから「やめてせん」と揶揄されたほどで、戦後は「やまてせん」がポピュラーになっていったのです。
そんななかで生まれたのが『あの娘たずねて』の「ぐるり廻るは山手線(やまてせん)」の大ヒット。
誰しも「やまてせん」に疑うことはありませんでした。
その後、国鉄が個人旅行の増大を目指して展開した(当時、まだ旅行が現在のように一般的ではありませんでした)、ディスカバー・ジャパン(DISCOVER JAPAN)キャンペーンが昭和45年10月14日に始まり、旅する人に路線名をわかりやすく、正しい線名を周知させようという動きが起こります。
さらに長野原線が昭和46年3月7日、大前駅まで延伸開業した際に、吾妻線(あがつません)に改称しますが、この吾妻線を「あづません」と呼ぶ可能性が高かったため、国鉄では混乱を防ぐために、全国の線名にふりがなを付けることを決定、長野原線開通の昭和46年3月7日、山手線にも公式に「やまのてせん」とふりがなが付けられたのです。
戦後「やまてせん」が普及していましたが、昭和46年3月7日以降は、もともとの「やまのてせん」に戻され、現在のローマ字表記も「YAMANOTE LINE」となっています。
ヨドバシカメラの歌は、昭和50年ということで「やまのてせん」になっているのです。

山手線、「やまのてせん」、「やまてせん」どっちが正解!? | |
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