伊豆大島(東京都大島町)で外来種であるタイワンリスが繁殖しています。「常春の椿の島」をキャッチフレーズにする伊豆大島なので、タイワンリスはプラスイメージもありますが、実はツバキの実など農業被害も大きく、在来の生態系への脅威もあって意外に深刻な問題に。なぜタイワンリスなのかといえば、昭和初期にまで話は遡ります。
戦前の伊豆大島ブームでタイワンリス導入

正12年、関東大震災が発生した時代には、東京と伊豆大島などを結ぶ連絡船は、東京湾汽船(現・東海汽船)が木造船を就航させているにすぎませんでした。
当時、東京には近代的な港がなく、隅田川、日本橋川、亀島川に囲まれた中洲・霊岸島の桟橋から出航していました(昭和11年廃止)。
昭和3年、東京湾汽船は、単なる物資輸送ではなく、伊豆大島を中心とした伊豆諸島の観光地としての宣伝に乗り出します。
その目論見から、東京~大島~下田に定期便を1日1便就航。
関東大震災の帝都復興で、東京港に日の出埠頭(大正14年)、竹芝埠頭(昭和9年)が整備され、ここから伊豆諸島への船が発着するようになり、大島と下田の観光開発により観光客が増加。
昭和8年には客船「葵丸」(938t)、昭和10年には2代目「橘丸」(1772t)が就航、とくに「橘丸」は、「世界初の流線型客船」を謳い、「東京湾の女王」と称される船だったのです。
「大島ブーム」を背景に、こうした客船の大型化に伴い、東京湾汽船は、三原山火山の登山、波浮港の探勝だけでない、大島観光の目玉として導入したのがタイワンリス。
当時、占領下だった台湾からタイワンリスを輸入し、当時の泉津村(現・大島町泉津地区)に築いた「自然動物公園」(昭和10年開業、昭和13年に東京都に移管、現・東京都立大島公園動物園)の呼び物にしたのです。
このタイワンリスは当初、二十数匹でしたが、その後繁殖。
台風でコンクリートの囲いが壊れ、脱走したものが島内に散らばり、定住。
昭和20年代にはなんと2万匹以上という膨大な数にまで増えてしまったのです。
大島名産のツバキの実が大好物だったため、農業被害も大きく、役場は対策として、タイワンリスの捕獲に懸賞金を出すことにしたのです(捕獲した証明に尻尾を持参)。
その後、タカやトンビなどの天敵も増えたことで、以前ほどは見かけなくなりましたが、鎌倉などで見かけるタイワンリスもルーツは伊豆大島の「自然動物公園」ということになります。

| 伊豆大島で繁殖のタイワンリス、戦前に動物園から脱走! | |
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