天王寺

天王寺

東京都台東区、谷中墓地の一画、JR日暮里駅近くにある天台宗の寺が天王寺。鎌倉時代後期、土豪関長耀が当地に立ち寄った日蓮聖人に帰依して草庵を結んだのが始まりで、江戸時代に輪王寺宮公弁法親王を願主に、5代将軍徳川綱吉を大檀那にして天台宗に改宗。本尊は伝教大師自刻と伝わる毘沙門天立像です。

谷中七福神の毘沙門天を祀る

天王寺

天台宗に改宗となった理由は、それまでの寺が、日蓮の教義である法華経を信仰しない者から施し(布施)を受けたり、法施(ほうせ=人に仏法を説いて聞かせること)などをしないという頑(かたく)なな不受不施派(ふじゅふせは)のため、徳川幕府が邪宗とみなして弾圧、廃寺に。

由緒ある寺が荒廃するのを見かねた東叡山輪王寺(徳川幕府、朝廷と密接に結びついていました)の公弁法親王が天台宗の寺院(寺名は感應寺のまま)に改めたもの(当初の寺院名は感應寺)。
東叡山寛永寺の北方に位置することから、比叡山延暦寺の北方の鞍馬寺が毘沙門天を奉安するのに倣って比叡山飯室谷円乗院から伝教大師(最澄)自刻と伝わる毘沙門天立像を遷して本尊としています。
谷中七福神が江戸時代に、江戸で最初の七福神として信仰されたのも、この毘沙門天があったからと推測できます。
天保4年(1833年)、日蓮宗法華経寺知泉院の日啓らから、感應寺をふたたび日蓮宗に戻そうという動きがあったため、長耀山感応寺から護国山天王寺と山号寺名を改めています。

元禄13年(1700年)には感応寺(現・天王寺)に対して富突(富くじ)の興行が許され、湯島天神、目黒不動(瀧泉寺)とともに「江戸の三富」に数えられていました。
なかでも火災後の復興に毎月開催できるなど、感応寺(現・天王寺)はかなりの優遇を受けていました。

戊辰戦争(上野戦争)に際して、天王寺は幕府側・彰義隊の営所となったため官軍との戦闘に巻き込まれ、本堂(毘沙門堂)以下諸堂宇を焼失しています。
さらに明治初年の廃仏毀釈、神仏分離で寛永寺の広大な境内地が上野公園になるなどの荒波を受け、天王寺も境内の多くを失っています。
都立谷中霊園も江戸時代には天王寺の墓地(徳川将軍家の墓地は寛永寺墓地)。
中央の園路は天王寺の参道だった道。

その後、焼失を免れた本坊を本堂とし、本尊を阿弥陀如来に変えて復興を果たしています。
そのため現在の本尊は、阿弥陀如来坐像になっています。

谷中の墓地(都立谷中霊園)にある五重塔の跡は、寛政3年(1791年)再建の天王寺五重塔。
戊辰戦争の戦火を逃れた五重塔ですが、昭和32年に放火(谷中五重塔放火心中事件)で焼失。
幸田露伴の小説『五重塔』は、その顛末を題材にしています。

現存する毘沙門堂は、焼け残った五重塔の下層の木材を再生して、昭和36年に建てられたもの。
毘沙門天像の尊像は、戊辰戦争(上野戦争)の際には吉祥天、善膩師童子(ぜんにじどうじ)の脇侍とともに四谷・安禅寺(現・東京都新宿区愛住町)に避難していたため、戦禍を免れて現存しています。

毘沙門天立像(平安時代)のほか、阿弥陀如来坐像(室町時代)など多くの寺宝を有しています。

境内にある「元禄大仏」(露座、銅製)は、元禄3年(1690年)鋳造の釈迦牟尼如来坐像。
神田鍋町に住む太田久右衛門が鋳造し、像高296cm。
江戸時代後期の天保年間(1831年〜1845年)刊行の『江戸名所図会』にも記される大仏なので、当時からかなり有名だったことがわかります。

墓地には初代・三遊亭圓遊(落語家)、朝倉文夫(彫塑家)、牧野富太郎(植物学者)など著名人の墓も多数。

天王寺
元禄3年(1690年)鋳造の「元禄大仏」
名称 天王寺/てんのうじ
所在地 東京都台東区谷中7-14-8
電車・バスで JR・京成電鉄日暮里駅から徒歩3分
問い合わせ TEL:03-3821-4474
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