毎年開催される『神田カレーグランプリ』を主催する神田カレー街活性化委員会によると、神田界隈でカレーを提供する店は400店舗にのぼるといいます。もちろんレストランや、喫茶店など専門店以外も含まれますが、そんな「カレー激戦区・神田」の生みの親ともいえるのが大正13年創業の「共栄堂」です。
大正13年創業、洋食屋の看板メニューがスマトラカレー

神田は古本屋街、スポーツ用品店街で有名ですが、学生街としても知られています。
学生運動盛んな時代には、明治大学駿河台キャンパスの周辺はフランス・パリの学生街に倣って「日本のカルチェ・ラタン」と呼ばれ、お洒落な喫茶店なども数多くあったのです。
明治大学、日本大学、中央大学、専修大学はもともと明治10年代に誕生した法律学校が前身ですが、大正時代に大学となり、本格的なキャンパスを構えた頃、神田は書店街へと変身していきました。
同時に、飲食店も増えていきますが、大正12年の関東大震災で、大学の建物も大きな被害を受けました(大正デモクラシーを支えたレンガ造りの明治大学2代目記念館が地震で焼失)、書店街、飲食店など神田・御茶ノ水界隈も相当の被害を受けていました。
帝都復興の機運が盛り上がるなかで(隅田川に数多くの鋼鉄製橋梁が架橋され、東京にも幅広い幹線道路が敷設)、大正13年、洋食屋としてスタートしたのが「共栄堂」です。
洋食屋としての始まりでしたが、スマトラカレーは創業時からの看板メニュー。
スプーンひとつで、本を読みながら味わえるということもあって、今では日本一のカレー激戦区となった神田ですが、そのルーツは、この「共栄堂」です。
3代目当主が、日々研鑽して、時代を切り開く

歴史あるスマトラカレーは、初代が、友人だった伊藤友治郎からスマトラ島のカレーの作り方を教わり(伊藤友治郎は、満州、朝鮮、シンガポールで日本語新聞を発行、オランダ植民地時代のインドネシアなど東南アジアに旅していました)、そのレシピを日本人向けにアレンジして、「純スマトラ式カレーライス」として誕生。
二十数種類の香辛料をまずは1時間半ほど炒めて、それを野菜と肉を形がないほどに煮込んだブイヨンと合わせるて生まれる、スマトラカレー。
仕込みは、毎朝4時頃に始まるのだとか。
口に入れると、まず野菜の甘みを感じ、続いて辛さ、最後に苦みが来るという三段階構成の味変化。
当主は3代目という宮川泰久(みやがわたいきゅう)さん。
学生時代からの常連という人も数多く、昼時には行列必至という状況です。
宮川さんが婿入して店を継いだ昭和61年頃は、店は廃業の危機にあったのだとか。
もともと飲食業だった技術を活かし、少し大衆向けにアレンジして、今の繁栄、さらには神田のカレーの活性化にもつながったのです。
3代にわたっての常連もいるからこそ、次に来店したときに、「やっぱり美味しい」と評価されるように、今も「刻苦研鑽(こっくけんさん)、他念なき」ということに。
カレー専門店だけで数十軒、つまりは後発の専門店が数十軒という神田にあって、今もその味とプライドにはゆるぎがありません。
| 「カレー激戦区・神田」、ルーツの名店「共栄堂」は今も大人気! | |
| 名称 | スマトラカレー共栄堂/すまとらかれーきょうえいどう |
| 所在地 | 東京都千代田区神田神保町1-6 サンビルB1 |
| 関連HP | 共栄堂公式ホームページ |
| 電車・バスで | 東京メトロ・都営地下鉄神保町駅から徒歩1分 |
| 問い合わせ | スマトラカレー共栄堂 TEL:03-3291-1475 |
| 掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。 | |













