吉原弁財天本宮

吉原弁財天本宮

東京都台東区千束の花園公園にあるのが、吉原弁財天本宮(よしわらべんざいてんもとみや)。吉原弁財天は、昭和10年吉原神社に合祀されているため、その飛び地の扱いですが、吉原の遊郭楼主たちの信仰を集めた社としての歴史を今に伝えています。浅草七福神の一社で、正月には多くの参拝者があります。

吉原の遊郭楼主たちが商売繁盛を祈願した社

吉原弁財天本宮

明暦2年(1656年)、幕府の命により、日本堤横の湿地帯を埋め立て、日本橋(現・日本橋人形町)にあった吉原遊郭を移転(江戸湾沿いのヨシの茂る場所だったことが吉原の名の由来です)。
こうして明暦3年(1657年)の明暦大火直後の6月に浅草寺裏手に吉原遊廓(新吉原)が誕生しますが、遊郭造成の際、その場所にあった池の畔に弁天祠が祀られたのが、吉原弁財天の始まりです。

花園池、弁天池と称した池には、関東大震災時、火災を逃れて多くの人が集まり、娼妓ら490人が溺死したという悲劇が起こっています(ただし『都新聞』によると花園池での焼死・溺死者数は30人)。
築山の上に立つ観音像は、溺死した人々の供養のため大正15年に建立されたもの。
昭和34年、吉原電話局(現・吉原ビル、NTT東日本吉原電話交換所)の建設で、池の大部分は埋め立てられています。


北西にある鷲神社(おおとりじんじゃ)は、江戸屈指の賑わいをみせた『酉の市』で知られますが、浅草寺、吉原遊廓に近いという地理的な要因で、賑わったのです(現在も11月に『浅草酉の市』で賑わいます)。

浅草七福神(矢先稲荷神社・福禄寿、浅草寺・大黒天、浅草神社・恵比寿神、待乳山聖天・毘沙門天、今戸神社・福禄寿、橋場不動院・布袋尊、石浜神社・寿老人、吉原神社・弁財天、鷲神社・寿老人)の弁財天を祀っています。

吉原弁財天本宮
震災被災者の供養を目的に大正15年に建立された観音像
吉原弁財天本宮
名称 吉原弁財天本宮/よしわらべんざいてんもとみや
所在地 東京都台東区千束3-20-2
関連HP 吉原神社公式ホームページ
電車・バスで 東京メトロ入谷駅、つくばエキスプレス浅草駅から徒歩15分
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
鷲神社

鷲神社

東京都台東区千束3丁目、酉の市(とりのいち)で知られるのが、鷲神社(おおとりじんじゃ)。日本武尊(やまとたけるのみこと)が東征の際、戦勝を祈願したと伝える古社で、浅草酉の市の発祥の地。今でも11月酉の日に行なわれる『酉の市』では熊手を求めて

吉原神社

吉原神社

東京都台東区千束3丁目、吉原遊郭内にあった稲荷神社5社と遊郭に隣接する吉原弁財天を合祀した神社が、吉原神社。明暦3年(1655年)、日本橋(元吉原)から日本堤横の千束村へ移転した吉原遊郭(新吉原)の郭の守護神でもあった稲荷神社5社を合祀し、

吉原弁財天本宮

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