ペルリ提督の像

ペルリ提督の像

東京都港区芝公園2丁目、増上寺の門前、日比谷通り沿いの芝公園10号地にあるのが、ペルリ提督の像。昭和28年、『開国百年祭に際し、ペリー提督の出身地であるアメリカ合衆国・ロードアイランド州ニューポート市に石灯籠を贈り、その返礼として親善の印に贈られた像です。

像の作者は有名な『海兵隊戦争記念碑』と同じ!

ペルリ提督の像

すぐ近くには、「万延元年遣米施設記念碑」があり、増上寺の門前が開国記念の園地になっている感じに。
ちなみに、ペルリはオランダ語読みで、英語ではペリー。

嘉永7年(1854年)、ペリー艦隊が2度目となる浦賀に来航した際、日本側(浦賀奉行所)とアメリカ側(ペリー提督)の会話は、浦和奉行所の通訳・堀達之助がオランダ語ができたことから、ペリー側がオランダ語のわかる通訳・ポートマンを間に立て、日本語〜オランダ語〜英語〜オランダ語〜日本語という順序で訳されながら行なわれたため、マシュー・カルブレイス・ペリー(Matthew Calbraith Perry)の名は、ペリーではなく、ペルリとオランダ的な発音で日本に伝えられたのです。
そのため、来航当時の文書には「ペルリ(彼理 ・伯理)」と表記されています。

像の制作者は彫刻家、フェリックス・ド・ウエルドン(Felix Weihs de Weldon)で、有名なアーリントン国立墓地にある『海兵隊戦争記念碑』(昭和20年2月の硫黄島の戦いで、6人の海兵隊員が摺鉢山の頂上に星条旗を立てる様子をジョー・ローゼンタールが撮影した写真を元にして制作、『硫黄島記念碑』とも)と同じです。

ちなみに、東京都とニューポート市は姉妹関係になく、ニューポート市と姉妹関係を結んでいるのは、日米和親条約の細則を定めた下田条約を締結した地、静岡県下田市です。

海兵隊戦争記念碑
アーリントン国立墓地にある『海兵隊戦争記念碑』
ペルリ提督の像
名称 ペルリ提督の像/ぺるりていとくのぞう
所在地 東京都港区芝公園4-8-4
電車・バスで 都営地下鉄芝公園駅、大門駅、赤羽橋駅、御成門駅から徒歩5分。JR浜松町駅から徒歩10分
ドライブで 首都高速芝公園ランプからすぐ
駐車場 なし/周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 芝公園サービスセンター TEL:03-3431-4359
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
芝公園

芝公園

東京都港区、増上寺周辺に広がる公園が芝公園。正式には都立芝公園、港区立芝公園の総称です。元々は増上寺境内の敷地を公園としたもので、明治初年の神仏分離、廃仏毀釈で、塔頭などの廃寺となった境内地を明治6年10月19日に公園としたもの。戦後の政教

万延元年遣米使節記念碑

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東京都港区芝公園2丁目、増上寺三解脱門の門前、日比谷通り沿いの芝公園10号地にあるのが、万延元年遣米使節記念碑(まんえんがんねんけんべいしせつきねんひ)。昭和35年の日米修好通商条約100周年に際し、すぐ近くに立つペルリ提督の像とともに建立

増上寺・三解脱門

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東京都港区芝公園4丁目、日比谷通りに面した増上寺の正門が、三解脱門(さんげだつもん)。江戸時代初期の元和8年(1622年)に建立された門が、震災や空襲での倒壊・焼失を免れて現存、国の重要文化財に指定されています。あまり知られていませんが、東

ペルリ提督の像

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