英信寺

英信寺

東京都台東区下谷にある浄土宗の寺、英信寺。慶長年間(1596年〜1615)の開山で、下谷七福神のひとつ三面大黒天が祀られています。三面大黒天は大黒天を正面に、左に毘沙門天で、右に弁財天が刻まれた三面大黒天は空海の作とも。安永年間(1772年〜1781年)築という本堂は、昭和48年に大改修されています。

江戸時代には松平家の尊崇を受ける

英信寺の寺号である英信は、丹波亀山藩主・松平康信の子の名前。
明暦2年(1656年)、松平康信(まつだいらやすのぶ)の三男・松平英信が23歳で亡くなったのを機に、英信の姉・常子(松平英親/まつだいらひでちかに嫁いでいます)英信の像を奉納し、それまで紫雲院と称していたものを英信寺に改めています。
紫雲院という院号は現在、紫雲山という山号となって残されています(現在の正式名は紫雲山常倫院英信寺)。

藩政時代には丹波亀山藩の形原松平家(かたのはらまつだいらけ=松平信光の四男・松平与副が祖/三河国形原藩=現・愛知県蒲郡市形原町を領有したので形原松平家と呼ばれています)のほか、杵築藩の能見松平家(松平信光の八男・松平光親が祖)、駿河国小島藩(後に上総国桜井藩)の滝脇松平家(たきわきまつだいらけ=松平親忠の九男・松平乗清が祖)という、三河・松平家を祖とする3つの松平家の菩提寺になっていました。

境内にある大灯籠2基は、東叡山寛永寺の通称「お化灯籠」を戦後に移築。
もともとは、8代将軍・徳川吉宗(有徳院殿)が没した際、丹波亀山藩・形原松平家、杵築藩・能見松平家が奉納したものです。

三面大黒天(正式名は三面六臂大黒天=そのルーツは比叡山延暦寺大黒堂に祀られる三面六臂大黒天)は福徳開運の善神であり、商売繁盛の守り神ということから、明治時代には新橋、柳橋などに三面大黒天講が生まれて参詣者で賑わいました。
現在は下谷七福神の大黒天となって正月に参詣者を集めています。

名称 英信寺/えいしんじ
所在地 東京都台東区下谷2-5-14
関連HP 台東区公式観光サイト
電車・バスで 東京メトロ日比谷線入谷駅から徒歩3分。JR鶯谷駅から徒歩5分
問い合わせ TEL:03-3872-2356
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
下谷七福神

下谷七福神|東京都台東区

江戸時代に東叡山寛永寺のある上野の山の麓、坂本(寛永寺は天海大僧正が京に見立てて創建のため、比叡山延暦寺山麓・坂本に真似た名前)として発展したため、名刹が数多いのが特徴。昭和52年正月から7社寺揃っての御開帳が始まったもので、朱印がいただけ

英信寺

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