田端環状積石遺構(ストーンサークル)

田端環状積石遺構(ストーンサークル)

東京都町田市小山町、京王電鉄相模原線・多摩境駅の西、小山内裏公園の南にある縄文時代の遺構が、田端環状積石遺構。縄文時代後期から晩期にかけて築かれたストーンサークル(環状列石)で「日本一駅から近いストーンサークル」とも称されています。

都内では唯一見学できる縄文時代のストーンサークル

田端環状積石遺構(ストーンサークル)

縄文時代の集落跡、祭祀遺跡が田端遺跡で、その一角にあるのが東西9m、南北7mの楕円形のストーンサークルで、冬至に丹沢山系の最高峰・蛭ヶ岳(ひるがだけ/1673m)の山頂に太陽が沈む場所に位置しています。
現在は遺跡保存のため、実物を埋め戻し、その上にレプリカで遺構を復元。

田端遺跡は、縄文時代中期中葉〜後期前葉に営まれたムラの跡で、後期中葉には土壙墓25基、周石墓7基からなる集団墓地として使われていました。
後期中葉〜晩期中葉に墓地の上に築かれたのが、ストーンサークル(環状列石)。
縄文人の土地利用の変遷をも知り得る貴重な遺構となっています。

田端遺跡の東、都道158号(小山乞田線/多摩ニュータウン通り)側が田端東遺跡(小山町/道路建設に伴って発掘調査が行なわれ、縄文時代中期中葉〜後期中葉のムラを発見)、北の小山白山公園が多摩ニュータウンNo.245遺跡(小山ヶ丘5丁目)、その北西に多摩ニュータウンNo.248遺跡(小山ヶ丘4丁目)。
多摩ニュータウンNo.245遺跡からは、縄文時代中期中葉〜後期前葉の竪穴住居跡67軒が発見され、No.248遺跡から粘土を採掘してNo.245遺跡へ運び込み、土器を製造していたことが明らかになっています。

町田市は縄文遺跡の密集地帯

町田市内では、丘陵地に縄文時代の住居があったことを初めて示した高ヶ坂石器時代遺跡(国の史跡、縄文時代中期の遺跡で国内最大級の石棒が出土した忠生遺跡A地区(町田市木曽西2丁目)、縄文時代中期の全国に3例しかないクルミ形土器が見つかった木曽中学校遺跡(木曽西2丁目)など、800ヶ所もの縄文遺跡があり、縄文人の豊かな暮らしがあったことが判明しています。

町田周辺の多摩丘陵は、縄文人の生活に欠かせないクルミやドングリ(コナラなどの実)などの木の実も多く、シカやイノシシなどの狩猟にも適したため、縄文時代に多くのムラがつくられたのです。
町田市考古資料室(町田市下小山田町)の展示室には、北海道函館市で出土した国宝の土偶と酷似する「中空土偶頭部」など、各遺跡から出土した遺物が展示されています。

田端環状積石遺構(ストーンサークル)
名称 田端環状積石遺構(ストーンサークル)/たばたかんじょうつみいしいこう(すとーんさーくる)
所在地 東京都町田市小山町3112-2他
関連HP 町田市公式ホームページ
電車・バスで 京王電鉄多摩境駅から徒歩10分
ドライブで 圏央道相模原ICから約10km
駐車場 周辺の有料駐車場を利用
問い合わせ 町田市生涯学習部生涯学習総務課 TEL:042-724-2554/FAX:050-3161-9866
掲載の内容は取材時のものです。最新の情報をご確認の上、おでかけ下さい。
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